猫が一匹おりま“した”

日本の某所でPIとしてスタート

ベルリン(中編)

ベルリンフィルでコンサートを楽しんだ後の翌日は、ベルリンの郊外にあるオラニエンブルクという街に行きました。朝っぱらから電車に乗ること1時間、オラニエンブルク駅についた後、バスでGedenkstätteというバス停まで移動。大体駅から7分ぐらい。歩くとかなり距離があるのでオススメできません。




さて、バス停の目の前に広がるここは何かと言うと、

ザクセンハウゼン強制収容所、です。

強制収容所は、ナチス・ドイツが政治犯ユダヤ人、反社会分子などを収容していた施設で、ここはそのうちの一つです。今ではここは、記念館として無料で自由に見学できます。

朝8時半から開館なのですが、丁度キッチリその時間に着いたので、見学者が自分以外誰もいませんでした。

この施設、実際に行けばわかりますが、すごく寂しい所にあり、人気もしないしなんだか空気がとても重いです。



収容所への入り口です。右手の建物は博物館になっており、これも自由に見学できます。人が誰もいなくて、静寂の中ナチス時代の白黒映像が流れていてなんだか不気味でした。中にはカフェがあるのですが、あんまりこの空気の中でお茶しようという気分にはなれませんでした。。。



入り口の門には「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」と書かれています。当時のナチス強制収容所のスローガンとして用いた言葉です。はたして、実際に自由になった人がいたのでしょうか・・・

この収容所の敷地は三角形の形をしており、1辺が600mあるようです。実際中はとても広いです。

とりあえず入って右方向へ進んで、そこから辺を沿う様に移動しました。



まず右手に見えるのが、このバラック。当時の囚人が実際に生活していた場所になります。最初このバラックを見たとき、某MPIを思い出したのはここだけの秘密。当時はこのバラックが敷地内にたくさんあったのですが、大戦中に壊されてしまい今ではほとんど残っていません。



トイレ。臭そう。



風呂。全然洗えなさそう。



寝床。痛くて寝られなさそう。



バラックの隣には、壁で囲まれた施設が。ここは牢屋になってます。



獄中で亡くなられた人の写真と、花束。



この牢屋エリアには写真のような杭が立てられていました。ここに囚人をくくりつけて、1日中鞭叩きを行うなどしていたようです。



この収容所の真ん中には、犠牲者の追悼碑が立っています。



収容所の三角形のエリア外には、Z施設と呼ばれる処刑施設があります。その隣には、処刑した囚人の遺体を焼くための薪を置いておく塹壕が。ここでは銃殺も行われたよう。



塹壕の隣の処刑施設に立つモニュメント。



実際の処刑施設は大戦時に破壊されており、今ではその跡が残るのみ。写真は遺体の焼却施設。



この処刑施設にはガス室もあったのですが、どこが実際のガス室に相当するのかはわかりませんでした。ただ、それほど広いガス室ではなかった模様。



さて、この収容所の入り口から見て左手奥には人体実験施設があります。写真は、おそらく人体をクチュクチュアッアッアッなことをするために(エロい意味では無い)用いたと思われる台。真ん中の排水口が異様なリアリティを放っています。
この人体実験施設の地下は遺体置き場になっていて、地上とスロープで繋がっています。すごーくヒンヤリとしていて、とても長居をする気になれなかったのですぐ出ました。


とまぁ、こんな感じで収容所を見学しました。普通に見てると2時間半から3時間ぐらいかかります。じっくり説明を読みながらだと、もっとかかりますね。

何でこんなとこに来たかというと、当初は興味半分だったというのが本音ですが、実際訪れてみると当時の事情をよく勉強することができ、今回のベルリン滞在では一番意味があった見学だと思います。


オラニエンブルクを離れて、再びベルリンへと戻りました。



んで、森鴎外記念館なんて訪れてみました。森鴎外がベルリン滞在中に使用していた下宿の一部を使って当時を再現しておられます。中は広くは無いので、見学に時間はかかりません。



その後、Gemäldegalerieまで移動。前日訪れたベルリンフィルの近くにあります。これまた中は広く、ゆっくり見てるとだいぶ時間をとられます。



Gemäldegalerieを後にして、バスでチェックポイントチャーリーまで移動。ここはベルリンが東西に分断されていた時に、その境界線上に置かれていた国境検問所になります。
この隣のビルは博物館になっており、冷戦時代にこの場で起きた事を知ることが出来ます。東から西に脱出することに成功した人もいれば、失敗して亡くなった方も。



そんな冷戦を象徴するような場所も、今では観光スポットに。この場に立って、半世紀前のこの場と今を比較して想像すると、世の中はまぁ平和になったものだと実感します。
ちなみに、この軍人コスプレの人たちと一緒に写真を撮れます。


このチェックポイントチャーリーの近くには、パブリックビューが設置されていて、ビール飲みながらサッカー観戦ができるようになっていました。

そして、この日はまさにEURO2012のドイツvsギリシア戦。



というわけで、夜はビール飲みながらサッカー見てました。このドイツvsギリシア戦は今のEU事情を考えて、もはや代理戦争と言える試合です。絶対に負けられない戦いというのはこういうのを言うのでしょう。

ま、結果的には、ドイツがギリシアに社会の仕組みを叩き込む、という結果になったわけですが。

格下相手なので、まぁ勝つとは皆思っていたのでしょうが、それでもこの日の夜はクラクションを鳴らしまくる車で一杯でした。

ブランデンブルク門あたりはだいぶヤバイことになっていたんじゃないかなぁと想像できます。




(続く)



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