なぜドイツに行くことになったのか2

さて、漠然と海外に行かなくてはいけないという思いが博士課程の途中から自分の中にはあるにはありました。あるにはありましたが、そう簡単に決断できるほど思い切りのいい人間ではないです。何より結婚という問題も抱えていましたし。で、そろそろ修了かなという時期になりさて今後どうするかとなったとき、教授からの一声が「海外」という言葉でした。

どういうつもりで海外を推してきたのか、現状ではいまいち真意を理解できていないのですが、教授という立場にいる人間がそう言うからにはそれだけ必要なことなのだろうと直感的に感じました。年長者の意見は素直に受け入れるべきです。多くの経験に裏打ちされたものを持っていますから。これまでの漠然とした自分の考えに背中を押す形での一声で、自分の中での考えはここで決まりました。海外進出しかない。一度こう思ってしまうと、もう国内に残る気はしなくなってきて、国内にいることがものすごい時間の無駄に思えてきました。なんと単純な人間。

しかしこのタイミングでの海外はベストな選択であるのは自明的で、30代に突入してからだとなかなか行きづらいだろうことは容易に想像がつきます。環境がそれを許さなくなってきますから。学位取り立てホヤホヤの20代に行くのが合理的だなと。目先の都合で自身のキャリアを曲げて、将来的な損失を生んではいけないなと。そう考えるとなぜ自分は海外に行くことをためらっていたのか。研究していきたいがために選んだ道のくせに、どこかで安定を優先させようとしていたということでしょうか。ずいぶん甘い考えをしてたもんだと。

とまぁ、いろいろ自分の中で盛り上がったのはいいですが、さて海外でどうやって仕事しますのん?って話なわけですが、海外ラボに行くときは、正攻法で正面切って応募する、または自分で海外学振などのfundを持って行く、の2択でありましょう。海外学振はイメージとして、学位取り立ての人間が採用されてる感じがあまりしないってのがありました。落ちたら行けなくなるじゃん。なのでやっぱし普通に応募するしかないかなーと。コネとか全くないのでまさにガチで応募しました。自身の場合運よく一発で決まりましたけど、普通は候補をいくつも用意しておくほうがいいでしょう。応募先とのコンタクトも早いうちからしたほうがいいと思います。今思えば年初めからしとくぐらいのほうがよかった気がします。自分の場合はギリギリすぎでした。

余談ですが、自分の研究者哲学感から考えて、ガチ応募で行く方が海外学振とかで行くより絶対いいと思っていたというのもあります。自分でfundを持って行くのはどこか「お客様」として参加しているイメージがあるので。とりあえず海外来てそこにいさせてもらってますねん的な。これでは必死さを忘れてしまうんじゃないかと。やはり行くからには、そのラボのメンバーとして研究に従事し、ラボに貢献するんだという気持ちでい続けたいと思うのです。そこを第2のホームにするつもりでやらんと自分の中でのブレイクはないと考えたわけです。

お前は何様じゃいって言われそうですが、そう思うことで自分を奮い立たせようというのが真意です。